Snow Queen 8

 

 モニタに表示される数字の羅列を読み取って、呉梨華は深く溜息を吐いた。

「よろしくないわね」

顔を上げると、強化ガラスの向こう、被験体の一人がテスト用のプログラムを次々と撃破していく様子が窺える。

額には、珍しくうっすらと汗をかき、レイピアを繰り出す動作はまるで教本の手本のごとく正確だ。

それなのに。

サンプルの数値はどれも不安定でばらつきがある。LT値も安定しない。いや、かつて類を見ないほどにひどい低迷ぶりだった。

モニタを眺める呉は、科学者の顔で呟く。

「一体どうしちゃったのかしらね・・・何を迷っているの、飛河君」

親不知海岸での任務より、一週間程過ぎていた。

 

「飛河!」

呼び止められて、薙は手を止めた。

首にかけたタオルで顔をぬぐいながら、ゆっくりとした動作で振り返る。

今日は月に一度の測定日。

ペンタファングに所属するものは全員強制参加で、同じプログラムの消化を要求される。

その結果はじき出された生体データを収集する事が目的だと聞かされていた。

データは今後の研究に役立てられるというが、そんなこと薙のあずかり知ることでは無い。

命令なら従う。ただそれだけだった。

駆けてきた豊は少し息が上がっていた。

プログラムをこなしてきたのだろう。今日の予定では薙の次が彼で最後のはずだったから、汗を洗い流しに来たに違いない。

ラボの隣には専用のシャワールームがあって、そこはペンタファングが自由利用できる。

他のメンバーはすでにデータ収集も終わっているので皆帰ってしまった。

空調のきいた更衣室に、薙と豊の姿だけがある。

潔癖すぎるほど清潔な空間は白と淡いグレーで統一されていて、床にはラバー仕様になっている。

出入り口に下駄箱があるので室内は土足厳禁だ。

薙は制服の下と、前を半端に止めたワイシャツ姿で荷物を入れたロッカーの前に立っている。素足はまだシャワーを浴びたばかりで少しばかり濡れている。

向かい合う豊はサンプルルームに入る際着用を求められる月詠の運動服を着ていた。同じデザインでもこれは特殊で、データがとりやすい構造になっているらしい。縁にライトグリーンのラインの入った白の半袖のシャツと、収縮する素材で作られた履き心地のいい淡い灰水色のジャージパンツ姿で、足元は白い靴下を履いていた。

薙は、感情の窺えない瞳で豊を見据えた。

「何だ」

本人を前にして、豊は急に萎縮して小さくなる。

「あの」

目の前の青年は、前回の任務以来必要以上に冷淡に徹している気がする。

見下すような視線で睨み付けられたことすら数度あった。

前は、それでも幾らか、気遣いながら接してくれていた・・・こともある、ように思う。

もっとも豊はこちらに来てからひどい目にばかり遭っているから、心の負担を軽くしようと勝手な幻想を抱いているのかもしれない。それでも、やはり薙は冷たくなったように思う。

これまでが氷なら、今は茨だ。触れることすら叶わない。

「あの」

豊は何とか自分を奮い立たせて薙を見た。

同じ対天魔討伐部隊に所属する間柄なのだから、無用な対立はなんとしても避けたい。

まるで跡付けの理屈のように、無理やり気持ちを納得させる。

「さっき、少し聞いたんだけど、飛河、調子悪いのか?」

指先がピクリと震えた。

「ラボの、研究所の人が話してた、聞こえちゃったんだけど」

飛河薙のLT値は過去最低ですねえ、何かあったんでしょうか?

耳にはっきりと残っている。書類の束をめくりながら研究員は言っていた。

サンプルデータは非常に重要な資料だ、問題があるようならば、速やかに解決しなければ。

そうだ、投薬の量を増やしてみますか?精神が安定すれば、解消されるかもしれない。

「よけいなことを」

冷笑しながら吐き捨てて、薙は醒めた眼差しで見据えた。

「随分と下世話な趣味があるようだな、秋津君」

「たまたま、聞こえたんだよ、別に聞こうとしたわけじゃない」

言いながら豊は顔を伏せる。妙な沈黙があたりに満ちている。

薙は豊を見ていた。

シャツから覗く腕も、首も、やたらに華奢で白い。

あれだけの実力があるにもかかわらず、彼の姿はどう見ても戦うようにできていない。

それもその筈で、この少年は今年の春先に見出されたというのだから仕方ないことなのだろう。

(あの、九条とかいう男にか)

そう聞いている。考えると、何故だか不快な気分がした。

少し汗ばんだ、人口の明りに照らされた姿を観察していると、段々とおかしな気分になってくる。

もやもやした触手を伸ばして、それは薙の中で広がっていく。

豊が何か言おうとした。

薙は突然腕を掴み、体を引き寄せた。

「な、に」

驚いたように見開かれた鳶色の瞳の奥に自分の姿が映る。

その様子を確認して、薙は薄く微笑んだ。冷たく、醒めた笑いだった。

ぐるりと体を反転させて、背後のロッカーにいやというほど強く押し付ける。

ガシャンと大仰な音がして、豊がウッと小さく呻いた。

抵抗する隙を与えぬまま、強引に唇を重ねる。

押し付けるようにして、閉じた歯の隙間から舌先をねじ込んだ。

「う、うう、ンン!」

逃げ出そうとする姿を捉えて、両腕を、更に大きな音を立ててロッカーに両手で拘束した。

息をする暇すら与えず、激しく何度も貪り続ける。

やがて、力のこもっていた部分がすっと緩み、頃合を見て開放すると豊はロッカーの表面をずるずると滑り落ちていった。

途中で捕まえて、腰を支えるようにして立ち上がらせる。

豊は、肩で呼吸を繰り返す。

こちらを見ているはずなのに、潤んだ瞳はどこか虚ろで茫洋としていた。

「秋津君」

薙は耳元で囁いた。

「好奇心は、猫を殺す」

「何」

「わからないか?」

話しながら、薙の背筋をゾクゾクと悪寒が駆け上った。

いや、これは興奮だろうか?触れ合う部分がやたらと熱い。

自分を見上げる茶色の瞳はわずかに揺れて、恐怖とも悲しみともつかない色を湛えている。

今の彼の感情を知る術などない。もとより、そのつもりもない。

「秋津」

名前を呼ぶと腕の中で細い体がビクリと震えた。薙は、冷たく笑った。

「お仕置きだ」

鳶色の瞳がサッと暗く染まる。

様子を確認して、薙は首筋に顔をうずめた。

ほんのりと湿った汗の匂い、その中に、豊の体温を感じる。

首筋に沿って舌を滑らせるとわずかに塩の味がした。

「ひ、ひか、わ」

引きつった声が薙を呼んだ。

両腕が、弱々しく胸を押し返そうとする。その手を逆に絡めとり、空いているほうの手をそろそろと体操服の中に滑り込ませていった。

汗ばんだ肌の感触を指先でなぞりながら、立ち上がった突起を見つけてニヤリと笑う。

「君、随分感度がよくなったみたいじゃないか」

豊はまたビクリと震えた。

わずかに様子を伺うと、羞恥で顔を真っ赤に染めて薙を凝視している。

唇がわなわなと震えていた。

そこがまるで誘っているように思えて、顔を上げてキスをする。

直前豊がギュッと目をつぶるのが見えた。

音を立てて唇を吸い上げて、舌先でぬらぬらと口腔内を侵略してゆく。

「ん・・・や、ア、ふ」

わずかに開いた隙間からこぼれかけた言葉を、吐息ごと飲み込んで塞いだ。

その間も指先は執拗に胸の先端を攻め続ける。

なぞって、すりつぶして、強くつまむと悲鳴が漏れた。

「痛いか」

わずかに唇を離して問いかけ、また口腔を貪る。

互いの吐息が絡まる音と、こぼれる唾液の濡れた音が白い空間に響いていた。

薙は、捕まえた手首に折れない程度に力を込める。

途切れない痛覚に、抵抗は緩くなる。

執拗に胸元を攻め立てて、突起に爪を立てた。豊がビクリと震えた。

「っく、た、ア、アア」

唇を離して窺うと、荒い呼吸を繰り返す表情が痛みに歪んでいる。

「秋津」

呼ぶと、見上げた瞳にはうっすら涙が滲んでいる。

「ど、して、こんな」

「初めに言っただろう」

「何」

「君は、罰を受けているんだ」

ばつ、豊が呟く。

「そう、だから痛くて」

首筋に唇を這わせながら、胸を嬲っていた指先は肌を伝いながらジャージの中に滑り込んでいく。

下着の内側へ器用に侵入して、そこにあるものを掌に収めた。

「当然なんだ」

ぐ、と握り締めると、豊は再び悲鳴をあげた。

「や、やめ」

「恨むなら下世話な自分を恨め」

そのまま強引に抜き始めると、震える指先が薙のシャツを強く握り締めた。

頚動脈のあたりに舌で触れるとどくどくと血の流れる感触がする。

顔を上げて窺うと、豊は泣きそうな顔をしていた。

その、濡れた睫も、赤く染まった頬も、唇も、酷くそそる。

何もかも滅茶苦茶にしてやりたかった。瞬間、九条綾人の姿が脳裏に浮かんだ。

(あんな男)

天照館高校、執行部総代、交換留学を最後まで取り消そうとしていた男。

豊を見出した男。

こいつが、信頼する男。

掌に力が入って、豊がビクリと震えながらくぐもった声で呻く。

「ったい、やめ、て、頼・・・から」

「ダメだ」

無情に答えて、速度を上げた。

強制的に与え続けられる刺激に、時折悲鳴を織り交ぜながら豊は懸命に耐えていた。

やたら、腹が立つ。

それがどういう意味を持つのか、そんなことは知らない。わからない。

ただ、九条綾人が現れた時の豊の表情、話す声、その仕草、どれを思い出しても苛ついた。

許せないと思った。

許せない、許せない、でも、一体何が?

(そんなことは知らない)

関係ない。

ただ、自分が今はどういう状況にあるのか、きちんと思い知らせてやらなければと思う。

秋津豊は天照館高校執行部の人間ではない。

月読学院所属の、ペンタファングの一員だ。

交歓留学だかなんだか知らないが、メンバーになった以上心変わりなど許さない。絶対に。

「君は」

耳たぶに唇を押し付けながら、局部を握った指の先がヌルヌルとぬめり始めている。

限界が近い。先走りの体液を、先頭に塗り広げていく。

「思い知るべきだ」

なにを、と聞かれたような気がした。

薙は無視した。

「君には今しかない」

ふくよかな部分に歯を立てる。

「今、この瞬間しかないんだ」

そしてこれからしかない。

過去など、振り返る余裕など無い。振り返らせたりしない。

君が思う名前は僕のものだ、あいつじゃない。

「アッアッアッ・・・アアッ、アアッ!」

小刻みな震えのあと、短い悲鳴をあげて豊は達した。

零れ落ちた精が指の間にまとわりついている。

ジャージから手を引き抜いて、体を支えたままそれを舌でねろりと舐めとった。

「少し濃いか、溜まっていたのか」

耳元で囁いてクスリと笑うと、豊の瞳から涙が零れ落ちた。

「どうして、こんな・・・酷い」

雫を舌先に乗せる。瞳の縁を軽くなぞる。

「酷い?」

豊は泣いている。

少し、どこか痛むような気がした。

けれどそれ以上に嗜虐心が勝っていた。

「勘違いするな、秋津豊」

濡れた瞳が薙を見上げた。

薙はそっと微笑む。氷の、貫くほどに冷酷な表情で。

「お仕置きだと言っただろう、当然のことだ」

そのまま片手でずるりと下穿きを引き摺り下ろす。

下半身が露出されて、豊は狼狽した。

「や、あ・・・な、何」

「今更それを聞くのか?」

体で豊をロッカーに押し付けるようにして、反対の手で腰を支えた。

そうして逃げられないように固定したまま、空いたほうの手ですぐ側の自分のロッカーを探り、中から冷却用のスポーツローションを探し出す。

体操着の襟首を掴んで力に任せて前に引き倒すと、豊は転ぶようにしてゴム製の床に両手をついた。

その臀部を片手で押さえつけて、いまだヌルつく指先を奥へと差し入れた。

「った、あ!」

鋭く走った激痛に豊はのけぞって叫ぶ。

指一本挿入したまま、ローションを振り掛けてそこを強引に押し広げていく。

行為の最中、全身を戦慄かせながら、声にならない悲鳴が絶え間なく唇からこぼれて消えた。

豊は、もう抵抗すらしなかった。

ガクガク震える体を捕まえながら、大分慣れた様子を伺って自身の制服の前を開く。

取り出された箇所はすでに張り詰めていた。

薙は、豊の腰を掴んで、背後からのしかかるようにして奥深くへと進入を始めた。

「あ、や、だ、ヤ、ヤ・・・ヤメッ・・・」

ず、ず、と肉の合間にのめりこみ、やがてそれはすっかり双丘の最奥までとどく。

まだ大分きつい。

いつもは入念にほぐすのに、薙はなぜか乱雑だった。

強引に、まるで自分自身を知らしめるように、豊の体を傷つける。

豊は嗚咽を繰り返している。

大きく一呼吸ついて、間もなく体が前後にゆれ始めた。

突き上げる感触に合わせて、苦痛に満ちた呻き声が白い空間にこだまする。

「アッ、アッ、アッ、や、ヤダ、ヤダぁ・・・やめ、アッ」

ローションで大分すべりはよくなっているので、薙を取り込んだ豊の体内はやがて慣らされた。

心地よい締め付けが抽挿を促す。そのたび、掻き出された液体は肌の合間でクチュクチュと卑猥な音を立てた。

適温に調節、管理されているはずのシャワールームで、二人の体に汗が滲む。

豊は、腿まで引き摺り下ろされたジャージのせいで半端に開いた足を、薙に押さえ込まれていた。

その間に割り込んで、荒い息を繰り返しながら薙は無心で腰を揺すり続けた。

豊の息も荒れている。

欲しい、欲しい、欲しい、欲しい。

欲しくてたまらない。

何もかも。

ここにある全部が欲しい。今感じている全てが欲しい。

それほど激しい感情の昂ぶりを、薙はもう何年も忘れていた。

ひょっとしたら元からなかったのかもしれないと思うほどに、心は醒めていた。

それなのに今は。

熱い。

熱くてたまらない。

ただ無心に欲しいと思った。

何が欲しいのかわからない。快楽か、それとも、彼か。

考える余裕すらない。

貪るように激しく打ち付けて、合間に聞こえる甘やかな鳴き声だけが全てだった。

声は泣いているようだった。

辛い、悲しい、苦しい・・・切ない。

本当のことなどわからない。何も、何もわからない。何も知らない。

何もかもなくしてしまったから、ようやく手に入れたものを無くしたくないのかもしれない。

けれど、それすら何なのか。

(わからない)

薙は、わからないままに、夢中で豊を求めた。

突き上げ、引き抜いて、何度も繰り返して、昂ぶった快楽が体中に満ち溢れて。

そして。

「も、もう、ア、ア・・・ひ、か・・・!」

絶頂を迎える豊の声だった。

背中に胸を押し付けて、深く、一つに重なってしまうほど奥へと挿入する。

薙はギュッと目をつぶって、精を放った。

同時に豊も達したようだった。

ぶるぶると体中が強ばったあと、かくんと力が抜けて、そのまま沈みかけた彼の腹にすかさず手を差し込んで支える。

様子を伺いながら引き抜くと、白濁とした液体がトロリとこぼれて内股を伝い、ジャージを汚した。

薙は、手を放す。

弱々しい動きで豊は床の上に沈みこんだ。

しばらくそのまま眺めて、おもむろに立ち上がり、薙はタオルで軽く下肢を拭いた。

そして衣服を整えて、倒れたままの豊に目もくれずシャワールームを後にする。

出て行く間際、振り返った視線の先の姿はまだ動く様子もなかった。

薙は、すっと瞳を細める。

「秋津君」

呼びかけても答えない。

「先に、失礼する」

くるりと踵を返す。

これ以上言う言葉もない。

薙は、扉を開けて、さっさと出て行った。

静まり返ったシャワールームで、情事の後の青臭い匂いだけがかすかに残っている。

豊は身じろぎすらできなかった。

涙と汗でクシャクシャになった顔を床に押し付けるようにしてうずくまっていた。

「ど・・・して、飛河」

問いかけても、答える姿はどこにもいない。

ただ、清潔すぎる空間で、痛みを堪えることしかできなかった。

残された体と心が、酷く辛くて、辛くて、涙が、止まらなかった。

「ひ、かわ・・・」

涙声は、防音の聞いた壁に吸い込まれて、消えた。